大判例

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東京地方裁判所 平成6年(ワ)11023号 判決

フランス共和国

シャラント コニャック リュー ド ラ リションヌ 一番

原告

ソシエテ ジャ ヘネシー エコンパニー

右代表者

ベルナール ド マソル

右訴訟代理人弁護士

田中克郎

松尾栄蔵

伊藤亮介

宮川美津子

石原修

高市成公

水戸重之

千葉尚路

中村勝彦

森﨑博之

升本喜郎

寺澤幸裕

長坂省

赤澤義文

東京都渋谷区恵比寿四丁目二二番一一号

鈴木ビル

被告

赤城通商株式会社

右代表者代表取締役

冨加津孝子

右訴訟代理人弁護士

浦田乾道

川島鈴子

主文

1  被告は、別紙被告商品目録記載の商品を輸入、譲渡、引き渡してはならない。

2  被告は、別紙物件目録記載の物件を廃棄せよ。

3  被告は、原告に対し、金五六六万二四八〇円及びこれに対する平成六年六月二一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

4  原告のその余の請求を棄却する。

5  訴訟費用はこれを二分し、その一を原告の、その余を被告の負担とする。この判決は、第1項、第3項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一  原告の求めた裁判

一  主文第1項及び第2項に同じ。

二  被告は、原告に対し、金一七八八万一〇二二円及び内金九二九万二〇〇〇円に対し平成六年六月二一日から、内金八五八万九〇二二円に対し平成七年二月二八日から、各支払済みまで年五分の割合による金員をそれぞれ支払え。

第二  事案の概要

(概要)

本件は、原告が被告に対し、主位的に商標法二五条、三六条、三八条に基づき、予備的に不正競争防止法二条一項一号、三条ないし五条に基づき、第一原告の求めた裁判記載のとおり、商品の輸入、販売、引渡の差止及び廃棄並びに損害賠償を求めるものである。

(基礎となる事実)

一1  原告は、フランス共和国の法律に基づき設立された法人であり、コニャックブランデーなど酒類の製造販売を行っている。(争いがない)

2  被告は、酒類の販売免許を有し、酒類の並行輸入販売業等を営んでいる株式会社である。(争いがない)

二  原告は、商標登録番号第一五七三六九五号及び同第一五八四〇五九号の各商標権を有しており、その登録商標の構成は、別紙商標目録(一)、(二)のとおりである。(甲一ないし甲四)

三  被告は、平成三年六月頃から、別紙商標目録(一)、(二)記載の商標と同一の標章が付された別紙被告商品目録記載の商品(以下「被告商品」という。)を輸入し、販売した。(争いがない)

四  原告は、被告による被告商品の輸入、販売等が原告の商標権等を侵害するものであると主張して、東京地方裁判所平成四年(ヨ)第二五三五号等の仮処分申立手続、本訴の提起、遂行、警視庁に対する告訴手続及び東京税関に対する輸入差止申立等を原告訴訟代理人らに対し委任した。(甲二二、甲五一)

(争点)

一  被告の行為は、いわゆる真正品の並行輸入として、原告の商標権を侵害しない適法な行為か。

1 被告の主張

被告商品は、原告が製造し、又は原告の許諾のもとに製造された真正品であり、平成三年当時の被告の代表者であった亡冨加津祐一は、これを真正品と確信して、輸入販売していたもので、右行為は、いわゆる真正品の並行輸入であって、原告の商標権を侵害するものではなく適法である。

2 原告の主張

原告の販売する真正品と被告商品とを比較検討するとその外観に多数の相違点があり、被告商品は、原告の販売するコニャック「ヘネシー VSOPフィン シャンパーニュ」をそっくり模倣した悪質な偽造品である。

二  原告の損害額はいくらか。

1 原告の主張

被告の行為により原告の受けた損害は、(一)ないし(三)の合計一七八八万一〇二二円である。

(一) 逸失利益

(1) (主位的主張)

被告商品の販売価格は一本当たり平均七八〇〇円であり、被告商品一本当たりの仕入原価及び諸経費は、一本当たり五五九〇円を上回ることはない。被告は、被告商品を二四〇〇本販売したから、これに一本当たりの販売利益二二一〇円を乗じると、合計五三〇万四〇〇〇円の販売利益を得ており、これが原告の損害と推定される。

(2) (予備的主張)

被告商品の一本当たりの販売価格は七八〇〇円であるところ、本件商標権の名声及び信用の高さを考慮すれば、原告が通常受けるべき金額は、少なくとも被告の販売価格の一〇パーセントを下回ることはない。

被告が被告商品を二四〇〇本販売したことにより、原告が受けるべき相当実施料額は、一八七万二〇〇〇円を下回ることはない。

(二) 積極損害(弁護士費用)

被告は、原告が支出した左記弁護士費用合計七五七万七〇二二円全額を、被告の行為と相当因果関係のある損害として賠償すべきである。

(1) 仮処分手続及び証拠保全手続費用 三六六万七四八二円

(2) 告訴手続、輸入差止申立手続費用 二八七万九〇〇〇円

(3) 本訴についての平成六年二月二一日から同年一〇月三一日までの業務に対する報酬 一〇三万〇五四〇円

(三) 積極損害(信用毀損)

被告が粗悪な偽造品である被告商品を真正品として大量に輸入、販売したことにより、原告が日本国内において多大な投資及び宣伝活動によって作り上げてきた原告商標権のイメージ、識別力が低下し、一般消費者を吸引する力を著しく減殺した。また、原告が永年にわたる努力の結果築き上げた原告商品の品質保証機能、商品としての高いプレステージが著しく低下し、原告商品の将来の売上げにも多大な悪影響を与えた。原告は、被告の右行為により、その営業上の信用を著しく傷つけられ、これによる損害は、少なくとも五〇〇万円を下らない。

2 被告の主張

(一)(1) 原告主張の被告商品の販売本数、販売価格、仕入経費、諸経費、相当実施料は争う。

(2) 被告が被告商品を二三八八本販売したことは認めるが、これらの中には、売渡し商品が警視庁によって押収されたため、〈1〉売渡先が支払いを拒絶し、債権としては不成立となったものや、〈2〉被告が売渡先に弁償として同額の商品を別に提供したため、実質的に売上げが零となったものがあり、実際に販売したと評価できるものは、八四万七二〇〇円にすぎない。

他方仕入総額は、これを上回るから、被告は、被告商品の取引によって全く利益を得ていない。

(二) 原告の弁護士費用、信用毀損損害の主張については、否認する。

第三  当裁判所の判断

一  争点一について

1  被告商品が、原告が国外において製造販売した真正品であることを認めるに足りる証拠はない。

2  むしろ、原告のテクニカル・スタディズ・マネージャーであるエティエンヌ・ミションが、東京税関に保管されていた被告商品一八〇〇本や、警視庁が被告の取引先から領置した被告商品一〇八本から無作為に抽出した一二本などを比較鑑定したところ、被告商品は、びん、メインラベル、バックラベル、キャプセル、メダリオンなどの外装において、原告が製造販売した製品とは種々の相違点があるほか、バックラベルの縁に記載された製造年月日及び製造場所のマークは、原告の製造コード基準に合致せず、原告の工場で貼付されたものではなく(甲二二、甲二四ないし甲二七)、これらの事実によれば、被告商品は、原告が製造販売した真正品ではないものと認められる。そして、被告商品と真正品との間には、右のような素人でも注意すれば判別できる外装の相違点がある以上酒類の並行輸入を業とする被告が、被告商品を真正品として扱ったことに過失がなかったとはいえない。

争点一についての被告の主張は採用できない。

二  争点二について

1  被告が、被告商品について一本当たり二二一〇円の販売利益を上げ、その二四〇〇本分合計五三〇万四〇〇〇円の利益を得たことを認めるに足りる証拠はない。

成立に争いのない乙第一八号証、弁論の全趣旨により成立を認める乙第三号証ないし乙第一四号証、乙第一六号証の一ないし四及び弁論の全趣旨によれば、

(一) 被告は、買いつけて輸入しようとした被告商品八二〇ケース(一ケース一二本)の内、二〇〇ケースを通関輸入し、破損などによって販売しなかった一ケースを除く一九九ケース(二三八八本)を一本六八〇〇円から八〇〇〇円の代金で十数か所の取引先に販売し、右販売額の合計は、一六六二万四八〇〇円であったこと、

(二) 被告商品の一ケース当たりについて(以下、円未満切捨て)少なくとも、

(1) 仕入原価として、三九六〇香港ドル(七万一九五三円)

(2) L/C開設貸名義料として、二一五八円

(3) 手形利息として、一四〇五円

の費用がかかり、以上の一ケース当たりの合計金額は七万五五一六円で、被告が販売しようとして入手した二〇〇ケースについてでは、少なくとも、総計一五一〇万三二〇〇円となること、

(三) このほか、右二〇〇ケースについて、少なくとも、関税、酒税、消費税として、合計二五〇万九〇〇〇円の支払いを要し、二〇〇ケースについての費用は右(二)認定のものを加えて、少なくとも合計一七六一万二二〇〇円を上回るものであったこと、

が認められ、右事実によれば、被告が販売した被告商品は一九九ケースで、その総収入は一六六二万四八〇〇円、総費用は一七六一万二二〇〇円を上回るから、被告は、被告商品の販売行為により利益を得なかったことになる。

一般に人気が高いと思われる原告の製造販売するコニャックの並行輸入品を装った被告商品の輸入、販売について、損失が出るような取引が行われるというのは不自然な感を否めないが、少なくとも一部の取引については取引に際して作成された書類が存在すること、被告のような並行輸入又は並行輸入まがいの取引の場合、仕入先が一定でなく、仕入先毎に、取引毎に仕入価格が異なるのに対し、一定の販売先を確保するために、仕入価格が高いからといって販売価格をそれに応じて高くすることができないという事情も考えられないわけではない(乙第三号証には、被告商品と同種のものを一本四八〇〇円で仕入れ、五二〇〇円で販売した記載もある。)こと、前記認定の一部なりともを左右するに足りる具体的な証拠のないことに照らし、前記のとおり認定するほかはない。

原告は、右認定を上回る売上げや下回る費用を主張するが、右主張に沿う証拠はない。

よって、原告の逸失利益についての主位的請求は、理由がない。

2  被告が、被告商品を合計一九九ケース、二三八八本を代金総計一六六二万四八〇〇円で販売したことは、右1で認定したとおりである。

成立に争いのない甲第二八号証ないし甲第三四号証、弁論の全趣旨により成立を認める甲第二二号証によれば、原告商標が付された原告の製造販売するコニャックは、世界で約四分の一のシェアを占め、日本国内では、昭和六三年に約四〇〇万本の販売が予想されてシェア第一位であること、原告が販売する原告商標の付されたコニャックは品質の優れた良質の商品であるとの評価が取引業者、消費者に確立しており、このようなこともあって原告商標は、優れた原告の商品を表示するものとして著名なものと認められることからすれば、原告が、原告商標の使用に対し通常受けるべき金銭の額は、その販売額の一〇%が相当であると認められる。

これによれば、原告が、被告商品の販売により受けるべき金銭の額は、販売額合計一六六二万四八〇〇円の一〇%に相当する一六六万二四八〇円であると認められる。

被告は、被告の売上げ金額の中には、売渡商品が警視庁によって押収されたため、売渡先が支払いを拒絶し、債権としては不成立となったものや、被告が売渡先に弁償として同額の商品を別に提供したため、実質的に売上げが零となったものがあり、実際に販売したと評価できるものは、八四万七二〇〇円にすぎないと主張するが、一旦販売された以上、商標が使用されたものであり、それが後に商標法違反などにより警視庁によって押収されたり、取引先から代金の支払を拒絶されたとしても、実施料相当の損害を賠償すべき義務を免れるものとは解せられないから、被告の右主張は採用できない。

3  被告商品は原告商標と同一の標章が付されて販売されたものであることは(基礎となる事実)三のとおりであり、被告商品は原告が製造販売した真正品とは認められないことは前記一認定のとおりであり、原告商標が、品質の優れたコニャックであるという評価を得ている原告の商品を表示するものとして著名であることは右2認定のとおりである。

また成立に争いのない甲第五号証ないし甲第一七号証によれば、被告が被告商品を販売したことで、警視庁が関税法違反等の疑いで、被告を強制捜査したり、関係者が警視庁から検察庁へ書類送検されたりしたことなどを契機に、本件が、平成三年一一月二七日付けの読売新聞夕刊、同月二八日付け朝日新聞、東京新聞、山形新聞や平成四年六月九日付けの日本経済新聞、朝日新聞、読売新聞、毎日新聞等の報道機関を通じて報道されたことが認められ、これらを合わせ考えると、被告が、原告の製造販売にかかるコニャックの偽物である被告商品を、輸入し、前記1認定のように合計一九九ケース(二三八八本)販売したことにより、原告の営業上の信用は害され、これを金銭に評価すると少なくとも二〇〇万円を下回るものではないと認めるのが相当である。

4  原告が、被告による被告商品の販売に関連する仮処分申立手続、警視庁及び東京税関に対する手続、本訴を遂行するための平成六年二月二一日から同年一〇月三一日までの原告代理人らの業務に対する弁護士報酬として、合計七五七万七〇二二円を支払ったこと(甲五一)に、被告の行為の態様、仮処分申立その他の手続をしたこと、本件訴訟遂行の難易、認容額など本件訴訟に表れた諸般の事情をあわせ考慮すると、被告の商標権侵害行為と相当因果関係のある損害となるべき弁護士費用は、右金額のうち、二〇〇万円と認めるのが相当である。

5  右1ないし4によれば、原告の損害賠償請求は五六六万二四八〇円の支払い及びこれに対する不法行為後の日から民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由がある。なお、仮に、不正競争防止法に基づく請求について責任原因が認められるとしても、右認定を上回る損害を認めるに足りる証拠はない。

三  よって原告の本訴請求は、主文掲記の限度で理由がある。

(裁判長裁判官 西田美昭 裁判官 高部眞規子 裁判官 櫻林正己)

別紙商標目録 (一)

商標登録第1573695号

〈省略〉

登録日:昭和58年3月28日

商品の区分:第28類

指定商品:酒類(葉用酒を除く)

別紙商標目録 (二)

商標登録第1584059号

〈省略〉

登録日:昭和58年4月27日

商品の区分:第28類

指定商品:酒類(葉用酒を除く)

別紙被告商品目録

商品名 ヘネシー ブイ エス オー ピー「HENNESSY VSOP」

種類 フィン シャンパーニュ 「Fine Champagne」

外観 スリム ボトル (添付写真の通り)

容量 七〇〇ミリリットル

商品の特徴 ・メインラベル、 バックラベル、ネックラベルの色が黄色(真正品のそれはシャモア色(淡黄褐色)である)。

・メインラベルの「Hennessy」の文字の横に表示された「斧を持つ腕」の標章が、全体的に肉太で、細工が稚拙である。特に「斧を持つ腕」下部の横線が一本のみである。

・ボール底部のマークが〈省略〉である。

・ボトル底部の「COGNAC」の語の「CO」と「GNAC」の間にスペースがある。

・ボトル底部に「HENNESSY 8  」と表示されている。

(真正品のボトル底部には「COGNAC」及び「HENNESSY &  」という表示及び〈省略〉というマークがある。)

・メダリオンに表示された「斧を持つ腕」の図案が平べったく稚拙で雑なしあげであり、特に「斧を持つ腕」下部の横線が一本しかない。

・メダリオンの裏側に型番号が記されていない。

・キャプセルの長さが約六五ミリメートルである(真正品のそれは約六一ミリメートルである)。

〈省略〉

〈省略〉

〈省略〉

〈省略〉

別紙物件目録

債権者原告、債務者被告間の東京地方裁判所平成四年(ヨ)第二五三五号仮処分決定に基づく執行により同裁判所執行官松下博夫が保管する左記物件

別紙被告商品目録記載の通りの物件五、六三八本(一箱一二本入り四七〇箱。但し、一箱のみ一〇本入り)

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